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Mt富士ヒルクライム2016完結



結局全三回になってしまった富士ヒルクライム編もようやく完結です。

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いろんな人から力や様々なものをもらってやっと辿り着いたゴールは念願のシルバー達成でした。

ここまで来るのは自分にはそう容易い物ではなくて、本当に一歩ずつ、少しずつ階段を上がっていくような気持ちでした。


自分がブログを書く一つの意味に…


「自分のようなへたれでもこれぐらいやれるようになる」


それを体現したくてやっている部分があります。

謙遜や下げた言い方ではなく、実際にこの数年間自転車を乗ってきて多くの人と出会わせてもらいました。その方達との初期能力を比べても自分の初期能力はやはり圧倒的に低い。

ボーイのように始めて数ヶ月の富士ヒルで1時間20分台で走る人もいれば、よっしーのように初めてのキングオブヒルクライムを4時間かけて登る人もいる。

それぞれ初期能力値がやはり違うんですよね。


そんな中でこの数年間いろんな人を見て比べても、自分の初期能力値はやはりお世辞にも高いとは言えませんでした。

だからその下層からでも積み重ねればちゃんとシルバー取れるんだよと言うのを体現できたのが本当に嬉しかった。


今日はそんな感じで富士ヒル完結編を書きたいと思います。








シルバーの達成感とさらなる先への渇望



ゴールした瞬間。

やはり負けてましたw


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たぶん…w



ゴールした後A木さんとハイタッチして荷物預けの場所に下るまでのちょっとの間は、ゴールスプリントした疲労感と出し切った満足感でいっぱいだったはずなのに、荷物を引き取っていろんな人と話しているともう心は別にありました。


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結局ボーイに勝てなかった悔しさや、もっともっと高い所に行きたい。



そんな気持ちでいっぱいだったんだと思います。



出し切った結果ですら、あと1分ちょっと頑張れてればボーイにも勝てたし70分も切れていた。そんな意味のない【たられば】ばかり。

むしろ結果としては自分の予想タイムを大きく上回った結果だったのは自分でも分かっていたはずです。



気になる今回のタイムは…



【1時間11分38秒】



正直練習不足で、膝裏の故障を抱えていた割りにかなりタイム出てると思うんです。冷静になって今考えるとね。


予想タイムで言えば1時間13分台だと思っていたので、それに比べたらかなり上出来。


正直負の要素なんてなかった。120%の力が出せたと思うんです。フィッティングのおかげか膝裏の痛みを気にすることはレース中ありませんでしたし、練習不足で体のキレが悪いと思うこともなかった。コンディションはむしろかなり良かったと思う。


欲しかったシルバーで、やっと達成できたシルバーなのだけど、もうちゃんと自分の中ではさらに先を見ようとしているんだなーと下山しながら考えていました。





ゴール後はゆるゆると



ゴール後は多摩ロードのみんなと談笑しながら、うどん食べてのんびりしてました。

分からなかったみんなのタイムも徐々に分かって、負けたと思っていた方にも結構勝てていたのが嬉しかった。ハルヒルや箱根ヒルクライムの負けがちゃんと自分の中で生きていたんだなと思えた。

まあその悔しさが今度は逆に返ってくるわけですけど。だからライバルがいれば成長できるわけだ。


うどんを食べた後はいつもの温泉へ。露天風呂に浸かっていると…





やりきったんだな…





終わったんだ…








いつもそんな風にやっと思えるのがここな気がする。




Peek-a-Booの面々で今回は来たのと、みんなを送って返らないといけないのと、渋滞しそうなのと。いろいろ考えたら今日はゆっくりしてたらすごい遅い時間になりそうだなと思って感想会もほどほどに帰路についた。

仲間であり、一番のライバルであるPaBの面々での車内。いろいろ話しながら帰った。やはり普通のチームとは違う。仲間である以上に一番身近で競い合っているライバルなんだと再確認した。





過去の自分と今後の自分と富士ヒルと



長く目標にしていたシルバーと言う目標が一つ達成できた。

ずっと高見の目標だと思っていたシルバー。それが達成できて目標がいったんなくなった。


ここいらで良い機会なので、もう一度この先の自分を見直してみようと思う。同時に冒頭にも書いたけど過去の自分を振り返りながら。それがこの先シルバー達成を目指す人の軌跡になればと、何様感は承知の上で。




【始まり】

自分が自転車に乗り始めたのはクロスバイクが一番最初。


20代前半で初年度こそ年間1500kmぐらい乗ったけど、その後は年間100kmも乗らなかったと思う。

煙草も吸っていたし、運動らしい運動は高校一年生夏までやっていた野球のみ。それからは友人誘われて経験のないフットサルをちょこっとしたり、草野球の試合を年間に数試合する程度だった。

それでも体型は今より細くて、174cm・50~55kgを行き来するようなガリガリな体型だった。


今考えるとさぞヒルクライムはガンガンいけただろうなと羨ましく思う。


初めて行った小田原までの100kmでは動けなくなるほど疲れて、巡航スピードは17km/hぐらいしか出なかった。と言うか元気な状態でも22km/hぐらい。世の中を知らなかったのでそれでも自転車でこんなスピード出てる!と頭にお花畑が出来てる感じだった。


後日ロードバイクをやっと購入。小田原まで輪行して初めて登った箱根はよっしーに置いてかれ、半分で力尽きて残り半分以上押して歩いて登った。体重50kg前半なのに!(自分の事ながら超羨ましい!)


それでもう嫌になってロードバイクとはさよならをしたw




【再び】

時は流れて社会人になりちょっとお金に余裕も出てくる。それまでの期間はずっとバイクに乗っていて、免許も気づけば大型自動二輪まで取得していた。


それでもあの達成感をちゃんと覚えていて、奮発して地元の仲間(後のBRIDGENAILメンバー)とロードバイクを買った。久しぶりにやってきたロードバイクはとても楽しかった。CAAD10が自分にももう一度自転車の楽しさを教えてくれたと言っても過言ではない。

CAAD10を手に入れたことで、初めて競技的に自転車に乗ることに目覚める。夜な夜なエースやよっしー達と時間があれば夜練と称して練習する日々が始まった。

初めはコースも何も分からないので、とにかく自宅周辺をぐるぐる。20kmも走れば超練習したと思っていた。


次第によみうりV坂の存在を知ったり、尾根幹の存在を知って少しずついける距離が伸びた。それでも初めてエースと行った奥多摩は奥多摩側から風張峠を登って30回近く休んで足つきしながらようやく登りきった。



【レースに出てみよう】

そんな生活を繰り返すこと一年。

多少は走れるようになってきたからレース出てみようぜとエース達と話していた夏の日。目標にしたのはいきなりキングオブヒルクライム。関門閉鎖の足切りタイム(4時間ぐらい)が怖くて、エントリー前に3人で試走しに行く。(例のよっしー霧から水分摂取事件の時である)

初めての富士山の頂きに怖じ気づきながらも必死に登るも、タイムはエース2時間30分・自分3時間・よっしー4時間。とよっしーに至っては足切りタイムギリギリ過ぎるためにエントリーはスルーw

来年こそは。そう強く決意してロード一年目が終わった。ちょっと1年目と2年目らへんはブログまだ書いてなかったから記憶が怪しいんですけどね。



【エースを追いかける日々】

一年目の後半はひたすらエースを追いかける日々だった。山が得意なエースにいつも山で負けていて、そんなエースの背中を追いかける日々が続いた。エースと共に夜練を行い、休みは山へ走りに。自転車漬けの日々が始まったのもこの頃だったと思う。

1年が過ぎて春。富士ヒルなる大会があるのを知る。出てみたいと思う頃には時既に遅し。エントリー峠があるなんて全く知らない自分はエントリー開始期間をゆうに過ぎていてエントリーできなかった。


この年、初めてのレースに参加したくて参加したのがツールド美ヶ原だったと思うwなんでいきなりあんな地獄のようなヒルクライムのレースに参加したのかは不明ですけど、ちょうどエントリー出来るのがたぶんこれぐらいしかなかったんだと思う。


それでもやっとエースに勝てるようになって、美ヶ原のタイムも富士ヒルで言う所の1時間30分切りぐらいでは登れた。やっと脱ヒルクライム初心者出来たような気分だった。


その年の夏初めて富士スバルラインを登った。シルバーいけちゃうかもと調子に乗っていた自分に突きつけられた1時間31分。ブロンズすら到底無理なタイムだった。



【環境の変化】

今まで地元の仲間数人としか走らなかった世界から、秋に多摩ロードに入ったことで環境が一気に変わった。

井の中の蛙だった世界から、もっと広い世界。世の中は速い人だらけだった。それでも多摩ロードに入った当初はそれなり走れていたと思う。

しかし徐々に新しい人が増えてくると化け物みたいな人ばかりで一気に自分のスペックの低さが露呈された。何よりきつかったのはみんな歴が浅いこと。始めたばかりでみんな凄まじく速いのだ。ロード歴2年になっていた自分にはそれが応えた。2年間自分なりに努力して得た結果が、他の人のスタートライン以下なのだと思うとむなしさでいっぱいだった。

でもそれで良かった。それがあったから今まで以上に置いて行かれたくなくて、必死に練習するようになったし、いろいろ考えて練習するようになった。ただ距離走れば良いと思っていた自分が少しずつ変わっていったのもこの時期からだと思う。



【初の富士ヒル】

この年初めて富士ヒルにエントリー。

やっぱり目標はシルバー。多摩ロードに入ったぐらいにはブロンズをたぶん切るぐらいの実力にはなっていて、そこから半年でどれだけシルバーに近づけるかが目標だった。

5月に初めて行った試走が料金所からで1時間20分。距離の短い料金所からのストラバタイムで到底シルバーに到達できるラインに届かなかった。それでも何度も試走して、初めての富士ヒルは本番効果もあり結果1時間17分。あと2分で達成出来るという惜しいところまでやってきて無念の未達成に終わった。


この年の夏以降本格的に練習量が増えた。年間5000km走れば良かった時期から、朝練なども含めて8000kmぐらいまで走行距離も増えたと思う。とにかく冬は必死で速い人に引きずり回してもらって練習してたのを覚えている。



【ついにシルバー達成】

仕事の忙しさで練習不足から来る不調と故障の中、何とかシルバーを達成した。

目標タイムを大幅に更新できたのは冬の練習の賜だと思う反面、周りがさらに強い人ばかりで素直に喜べなかった。←今ここ







目指す世界へ



さて。長々と振り返ってしまったけれど、ざっくりとこの3年半はこんな感じ。

自分のスペックの無さを練習でカバーしてやっとシルバーまで来たなとしみじみ思う。しかし別にここで満足しているわけでもない。


今回感じたのはもっと上のレベルで自分も走りたいと言う渇望。


自分もヒルクライムレースで上位の先頭集団の中で駆け引きとかしながら走りたいんじゃ!!と言うのが今後の目標ですw


その為にはもっと練習しないといけないでしょう。こんな自分ですから。でも積み重ねた先にちゃんとシルバーもあった。問題はこの先だ。



よくね。シルバーまでは健康なら誰でも体格とかセンスとかそういうの抜きで、努力だけで到達できる。でもその先は才能がないとたどり着けない世界。なんて言います。

それが事実ならばずっと右肩上がりで上がってきたタイムもついに頭打ちする瞬間がやってくるのかもしれません。


とは言ってもやって見なきゃ始まらない。かといっていきなり「来年はゴールド!!」なんて大それた事言っても達成できなきゃ無意味なんですよ。



だから最上級。自分のスペックを加味して(期待して)の最上級。



今までのタイムの伸び率を見る限りこれが妥当な期待値何じゃないかと思うわけです。




・富士ヒル2017→70分切って良いところまで行くけどゴールド達成ならず


・富士ヒル2018→ついにゴールド達成して、夢の表彰台争いゾーンに参戦





ぐらいが高望みした最上級かなーと思うわけです。だって来年ですら、今年の71分半からさらに5分以上削らないといけないんですよ。そしてさらに翌年も5分近く削ってついに62~64分台と言うあり得ないタイムへ。


まあね。ちょっと自分なりに思ってるわけですよ。














初めが遅かったんだから大器晩成型じゃなきゃやってられっかよ!!!!










そうです。初めが遅かったんだから早熟タイプじゃない。ならこの先も伸びていく大器晩成型じゃなきゃやってられっかよと言う話です。と言うかそう信じちゃえば良いんですよ。

普通の人なら頭打ちするところ、自分は大器晩成型なのでまだまだ伸びしろあります。


こう言い切っちゃえば限界なんてない(と思いたい)



ちょっと時間はかかるけど、ゆっくり自分は成長していけばいい。



2年後だってまだ32歳だし。現役選手なら油乗ってる頃でしょ?




割とポジティブな感じで進んでいきたいと思います。




とにかく3回に渡って続いた富士ヒル編もこれで終わりです。

長々とお付き合いありがとうございました。




最後まで見ていただきありがとうございます。


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